院長の石川(産婦人科専門医)です。
みなさんのまわりにはがん治療をされた方はいるでしょうか?がんについて、あまり身近に感じたことがないという方も多いかと思います。
なかには、身近な方やご自身が経験されたという方もいるかもしれません。
実際にがんになってしまったら、どのような治療をするのでしょうか?
がんの治療はとても専門性が高く、一般の方が全てを理解するのは難しいかもしれません。しかし、いざという時に安心して治療を受けられるように、知識をつけておくことはとても大切です。
詐欺医療など、標準的な治療を受けることができなかったために、被害に遭うようなこともありますから、今回の記事を通して、がん治療はどのように考えられているのか、その概要を理解いただけたらと思います。
今回は、2022年に新しい治療ガイドラインが発行された、「子宮頸がん」についてみていきましょう。
子宮頸癌とは
子宮頸がんは子宮の頸部にできるがんです。ヒト以外の動物には、比較的珍しいがんと言われており、原因の大半がHPV(ヒトパピローマウイルス)というウイルスだと判明しています。
このウイルスは、性交渉によって子宮頸部に感染することがわかっており、発情期以外でもsexができる動物はあまり多くないため、ヒトで多いのではないかと言われています。
2019年には、7900人以上の方が日本で子宮頸がんに罹患しました。
子宮頸がんは、HPVワクチンと子宮頸がん検診を両方受けることで、高い予防効果が期待できることがわかっています。
前がん病変と言われるCIN3までの段階で早期発見・治療ができるように、また、仮にがんになってしまっても完治が見込める早期のうちに治療ができるように、ワクチンと頸がん検診を欠かさずに受けることを強くおすすめします。
2019年にCIN3の診断となった方は、15,000人以上います。
子宮頸がんは、完治が見込める初期のうちは症状が全くないことが多いのですが、進行してくると不正出血や骨盤の痛みなどが出てきます。
*2019年の時点では2022年現在と進行期分類が多少異なるため、罹患数などは2019年時点の進行期分類に基づいて報告された日本産科婦人科学会の患者年報から引用しています。
病期(ステージ)について
子宮頸がんに限らず、がんには「進行期(ステージ)」という考え方があります。
これは、がんの治療などを考えるときに、早期がんと末期がんの方に同じ治療をしても効果が違うことがわかってきているためつけられる分類です。
それぞれの患者さんにとって最良の治療を提供するためには、治療の効果などをもとに進行期(ステージ)というものを作り、それをもとにさまざまな臨床試験が行われ、それぞれの進行期に対して現時点で最良な治療が定められています。
この進行期(ステージ)ごとの最良の治療を「標準治療」と呼びます。
この「標準治療」に基づいて、全ての医療機関でがん患者さんへの診療をおこなっています。
子宮頸がんでは、「子宮頸癌治療ガイドライン」として、この分野のエキスパートが厳格な基準のもとに、日本における標準治療をまとめています。
このガイドラインは、概ね5年おきに大きな改定がありますが、子宮頸がんでは2022年7月に改定があり第4版が発行されました。
このガイドラインでは、下記の進行期(ステージ)が採用されています(一部簡略化して記載)。
Ⅰ期 | がんが子宮頸部に限局するもの | |
ⅠA期 | 病理学的に診断できる浸潤癌のうち、間質浸潤が5mm以下のもの | |
ⅠA1期 | 間質浸潤の深さが3mm以下のもの | |
ⅠA2期 | 間質浸潤の深さが3mmを超えるが5mm以下のもの | |
ⅠB期 | 子宮頸部に限局する浸潤癌のうち浸潤の深さが5mmを超えるもの | |
ⅠB1期 | 腫瘍最大径が2cm以下のもの | |
ⅠB2期 | 腫瘍最大径が2cmを超えるが4cm以下のもの | |
ⅠB3期 | 腫瘍最大径が4cmを超えるもの | |
Ⅱ期 | がんが子宮頸部を超えて広がっているが、 腟壁下1/3または骨盤壁に達していないもの | |
ⅡA期 | 腟壁浸潤が腟壁上2/3に限局していて子宮傍組織浸潤は認められないもの | |
ⅡA1期 | 腫瘍最大径が4cm以下のもの | |
ⅡA2期 | 腫瘍最大径が4cmを超えるもの | |
ⅡB期 | 子宮傍組織浸潤が認められるが、骨盤壁までは達していないもの | |
Ⅲ期 | 癌浸潤が腟壁下1/3まで達するもの、 骨盤壁にまで達するもの、 水腎症や無機能腎の原因となっているもの、骨盤リンパ節傍大動脈リンパ節に転移が認められるもの | |
ⅢA期 | 癌は腟壁下1/3に達するが、骨盤壁までは達していないもの | |
ⅢB期 | 子宮傍組織浸潤が骨盤壁にまで達しているもの、ならびに/あるいは明らかな水腎症や無機能腎が認められるもの | |
ⅢC期 | 骨盤リンパ節ならびに/ あるいは傍大動脈リンパ節に転移が認められるもの | |
ⅢC1期 | 骨盤リンパ節のみに転移が認められるもの | |
ⅢC2期 | 傍大動脈リンパ節に転移が認められるもの | |
Ⅳ期 | 癌が膀胱粘膜または直腸粘膜に浸潤するか、小骨盤腔を超えて広がるもの | |
ⅣA期 | 膀胱粘膜または直腸粘膜に浸潤があるもの | |
ⅣB期 | 小骨盤腔を超えて広がるもの |
病期ごとの治療方法
子宮頸がんの治療は、「手術療法」「化学療法(抗がん剤)」「放射線療法」を組み合わせて行われます。
基本的に早期癌であれば治療によって完治を見込めるがんですが、可能であれば前癌病変の段階で早期発見して治療をすることが大切です。早期癌であっても、治療は子宮全摘など患者さんにとって負担の大きなものになることが多いです。
一口にがんといっても、がんの中にはいくつかの種類があります。最近は遺伝診療などが進歩してきたので、今後変わってくる可能性がありますが、現時点で一般的な分類法は、「組織型」といって、顕微鏡でみた細胞や組織の形態から分類するものです。
子宮頸がんの大半は「扁平上皮癌」と呼ばれるタイプのものですが、他には「腺癌」や「特殊型」と呼ばれるタイプのものなどが存在します。
子宮頸がんの標準治療のほとんどは、頻度の多い「扁平上皮癌」に対して確立されてきたものです。そのため、少し頻度の下がる「腺癌」や「特殊型」では治療効果が一般に悪いことが知られています。
今回は、頻度の高い「扁平上皮癌」についてお話ししていこうと思います。
また、標準治療では子宮摘出術など基本的には妊娠ができない状態になるケースがほとんどですが、一部の患者さんで、厳重な管理のもと、将来の妊娠の可能性を残せるケースもあります。
この治療には、産婦人科の中でも、「婦人科腫瘍専門医」「周産期専門医」「生殖医療専門医」など複数の専門医が協働してがんの治療やその後の妊娠出産をサポートする必要があります。
患者さんごとに細やかな判断が必要ですので、ここでは詳細な記載は避けておきます。ここで記載するのはあくまで、説明のために一部を簡略化して記載したものです。
実際の診療にあたっては、必ず産婦人科専門医のもと、適切な施設を選択した上で、患者さんごとの状態に応じた治療を受けることが大切です。
前癌病変・上皮内癌
子宮頸がんでは、前癌病変や上皮内癌が疑われた場合には、診断のために円錐切除術を行います。その結果を確認した上で、必要な治療へと進みます。
扁平上皮癌の場合には、上記で前癌病変や上皮内癌と診断され、円錐切除術で全て取り切れている場合には、治療は一旦終了し、厳重な経過観察とすることも可能です。
ただ、同じ状況でも子宮全摘術を行うケースもあります。いずれにしても早期発見ができ、完治が見込める状態です。
治療後は、主治医のもとでしっかりと治療を受け、継続的にフォローアップを受けていただくことが大切です。
2019年に治療対象となるCIN3と診断された方は、日本では15,000人以上と報告されています。
決して珍しい病気ではありません。標準的な治療がありますから、ぜひ産婦人科専門医のもとで治療を受けていただければと思います。
進行期ⅠA1期・ⅠA2期
子宮頸癌ⅠA期でも、最初の治療に円錐切除術が行われていることがほとんどです。
その結果に基づいて、子宮全摘術の方法とリンパ節郭清を行うかどうかを決定します。
子宮全摘術の後には、摘出した子宮を病理学的に細かく観察して、追加治療の必要がないかなどを確認しています。
進行期ⅠB1期・ⅠB2期・ⅡA1期
進行期がⅠ期もしくはⅡ期のうち、腫瘍のサイズが4cm以下のものです。
これらの場合には、広汎子宮全摘術もしくは根治的放射線療法が選択されます。いずれも高い技術と専門性が必要とされる治療です。
可能な限り、がんセンターなどの専門施設で、複数の婦人科腫瘍専門医と放射線治療専門医の在籍する施設での治療をおすすめします。
治療によって完治を目指せる状態ですから、ハードな治療にはなりますがしっかりとした環境で標準治療を受けることが大切です。
進行期ⅠB3期・ⅡA2・ⅡB期
進行期がⅠ期もしくはⅡ期のうち、腫瘍のサイズが4cmを超える、もしくは子宮傍組織浸潤が認められるが骨盤壁までは達していない状態です。
標準治療は広汎子宮全摘術もしくは同時化学放射線療法です。
いずれの治療もサイズが4cmまでのものと比較して難易度が高く、治療中や治療後にも合併症が起こります。
そういった合併症も適切に管理されれば、最小限の負担で過ごすことが可能になります。
当然、がんセンターなどの専門施設で、複数の婦人科腫瘍専門医と放射線治療専門医の在籍する施設での治療が推奨されます。
進行期ⅢA期・ⅢB期・ⅣA期
癌が子宮頸部の周りに広く浸潤してしまっていますが、遠隔転移はないものです。
この状態では、手術療法による負担やリスクが大きくなってしまうため、標準治療は同時化学放射線療法になります。
扁平上皮癌であれば同時化学放射線療法の治療効果が高いので、手術療法を選択することは一般的ではありません。合併症の頻度も高く、適切な支持療法が求められます。
がんセンターなどの専門施設で、複数の婦人科腫瘍専門医と放射線治療専門医の在籍する施設での治療が推奨されます。
進行期ⅢC期
癌が骨盤リンパ節や傍大動脈リンパ節に転移が認められるものです。
子宮頸部周囲の浸潤の程度や、リンパ節転移の状態や範囲、個数に応じて手術療法や化学療法、放射線療法のいずれが最適かを判断し、組み合わせて治療にあたる必要があります。
がんセンターなどの専門施設で、複数の婦人科腫瘍専門医と放射線治療専門医の在籍する施設での治療が推奨されます。
進行期ⅣB期
遠隔転移を認める状態です。
標準治療は化学療法で、複数の抗がん剤を組み合わせた多剤併用全身化学療法が標準治療です。
患者さんの状態によっては、他の治療法を組み合わせて実施することもあります。
全身状態によって選択肢は変わってきますが、熟練した婦人科腫瘍専門医のもとで治療を受けていただくことをおすすめします。
再発時
残念ながら子宮頸がんが再発した場合には、状態に合わせた治療が提案されます。
多くの場合には、症状緩和のための全身化学療法が提案されますが、治療の目的は完治ではなく延命や病状進行の抑制、症状緩和になります。
全身状態や患者さんの考え、希望によっては、副作用を伴う抗がん剤治療などは行わずに、困っている症状を緩和してできるだけ長く日常の中で生活を楽しんでもらうことを目標にすることもあります。
治療のことだけでなく、この先の療養先やどこで最期を過ごしたいかなども考えていく必要があります。
主治医とよく相談してご自身やご家族のペースで決めていかれると良いと考えます。
良い主治医や施設と出逢うためには
「がん」という診断は、多くの方にとって突然で受け入れ難いものです。
日本では、国民の2人に1人が一生のうちで癌に罹患し、3人に1人が癌で亡くなるといわれています。当然、我々医療者は日常的にがん診療にさまざまなレベルで関わっています。
そして、各分野でがん診療に一定以上の修練を積んだ医師は「がんの専門医」として活躍しています。産婦人科医の中では、「婦人科腫瘍専門医」がそれにあたります。
残念ながら世の中には、標準的でない治療や専門医から見たら詐欺にも思えるようなデタラメな治療を行う医師・医療者も存在します。
患者の皆さんはぜひ、標準治療を軸に、ご自身にとって最良の治療を一緒に目指していただきたいと願っています。
専門施設は、必ずしもご自宅の近くでなかったり、通院にあたり都合をつけるのが難しいこともあるかもしれません。
しかし、専門の施設で専門医の意見や方針を聞くことは、患者さんにとって大きなメリットがあると信じています。
子宮頸がんを過去の病気にするために
がんには多くの種類がありますが、子宮頸がんは予防することができるがんであり、かつ、早期発見ができるがんです。
WHO(世界保健機関)は、2019年1月に行われた第114回理事会で「子宮頸がんの排除に向けた世界的戦略」を策定することが70カ国以上に支持されました。
これは、「徹底的なHPVワクチン接種」と「徹底的な子宮頸がん検診」によって「子宮頸がんの排除」を全世界で目指すものです。
具体的には、2030年までに以下の達成を目指しています。
- 少女が15歳までに規定のHPVワクチン接種を受ける接種率を90%以上にすること。
- 子宮頸がん検診の受診率を70%以上にすること。
- 前癌病変を含む子宮頸がんの標準治療を90%以上の方が受けられるようにすること。
これらを達成できれば、WHOは2100年までに全世界で子宮頸がんは「10万人に4人以下」という排除基準に到達できると予想しています。
全世界でなんとしてもこの基準をクリアし、子宮頸がんを歴史の教科書でしか知らない病気にできるよう努力していく必要があると考えています。
まとめ
子宮頸がんは、HPVワクチンや子宮頸がん検診がとても重要な病気です。
そして、科学的な根拠に基づいた「標準治療」へ全ての患者さんがアクセスでき、個人の考えや状態に合わせた最良の治療を目指していけたらと思います。
世界では、近い将来「子宮頸がんの排除」という大きな目標達成に向かって動いています。
- HPVワクチン
- 子宮頸がん検診
- 標準治療
この3つが、子宮頸がんに対する大きな柱です。
子宮頸がんの排除に向け、みなさんで一丸となって努力していきましょう。
参考文献
1. 日本婦人科腫瘍学会. 子宮頸癌治療ガイドライン2022年版. 金原出版 2022年.