院長の石川(産婦人科専門医)です。
「卵巣癌が増えている」という話を耳にしたことはありませんか?実は、現代社会における女性のライフスタイルは、卵巣癌になりやすいということが分かっています。
婦人科疾患は、恥ずかしさから受診しにくい影響もあり、症状が出始めたときにはかなり病気が進行してしまっていた、という場合も少なくありません。
卵巣は「沈黙の臓器」と呼ばれており、卵巣癌になっても自覚症状に乏しいことも稀ではありません。卵巣癌は「Silent Killer Disease」とも呼ばれ、治療開始が遅れてしまうこともしばしばです。きちんとした医学知識を持っていることは、病気の予防や早期発見にも繋がります。
この記事では、卵巣癌について、医学的な知識が無い方でも分かりやすいように、丁寧に説明していきます。
この記事の執筆者
石川 聡司
(新さっぽろウィメンズ ヘルス&ビューティークリニック 院長)
北海道大学医学部卒業後、北海道大学病院、帯広厚生病院など地域の中核病院に勤務。品川美容外科にて美容外科医として3年間の研鑽を積み、2021年に婦人科・美容外科を併設した当院を開業。
婦人科全般の診療のほか、美容医療では美肌治療、美容整形をはじめ脱毛・アートメイクなど幅広く対応する。
近年増えている卵巣癌
2018年に卵巣癌と診断された人は13,049人でした。国立がん研究センターがん対策情報センターの資料でも、罹患数、死亡数ともに1985年から右肩上がりに増加しています。婦人科癌の中でも数は多く、2018年の統計では子宮癌(28,542例)に次ぐ多さです1)。
後でご説明しますが、日本において今の生活スタイルや社会状況が続くと、卵巣癌の患者さんは今後増え続けると予想されています。
代表的な卵巣癌のリスクファクター6つ
近年増えている卵巣癌にならないためには、どうしたら良いのでしょうか。卵巣癌に罹る可能性を上げてしまう要因のことを専門用語でリスクファクター(危険因子)と呼びます。
卵巣癌のリスクファクターを、①食生活の欧米化、②糖尿病、③喫煙、④晩婚化、⑤排卵誘発、⑥その他、の6つに分類し、以下で詳しく説明していきます。
①食生活の欧米化
食生活の欧米化は、卵巣がんのリスクファクターとなります。食生活の欧米化で、動物性脂肪やタンパク質の摂取が増えたことや、肥満になることで卵巣癌に罹患する確率が上がると言われています。
卵巣癌の患者さんは、健康な女性と比較して、肉、ミルク、乳製品(バター、ヨーグルト、チーズ)などの動物性脂肪の摂取、コーヒーの摂取が多いという報告があります2) 。
②糖尿病
糖尿病は、卵巣がんのリスクファクターとなります。糖尿病に罹患していると、罹患していない人に比べてハザード比が2.4倍に上がるという日本のデータがあります3) 。
糖尿病では、膵臓から分泌されるインスリンの作用が不足し、それを補うために高インスリン血症やIGF-I(インスリン様成長因子1)の増加が生じます。この物質が腫瘍細胞の増殖を刺激し、がん化に関与すると推察されています。性ホルモン関連がんでは、成長ホルモンの関与も推測されていますが、今後の解明が待たれます。
③喫煙
喫煙は、卵巣がんのリスクファクターとなります。国際がん研究機関(IARC)でも喫煙は「グループ1(人に対する発がん性がある)」と判定されています。
④晩婚化
晩婚化は、卵巣癌のリスクファクターとなります。そもそも卵巣癌は、排卵時に卵巣が傷つき、その傷から癌化するのが原因の1つと考えられています4) 。晩婚化で出産までの期間が長くなり、排卵回数が多くなると、卵巣癌に罹患するリスクが高くなります。
⑤排卵誘発
排卵誘発は、卵巣がんのリスクファクターとなります。上記の④の内容と同様で、不妊治療の際の排卵誘発により、排卵回数が多くなると、卵巣癌になるリスクも高くなります。
⑥その他
遺伝的な素因も、卵巣癌のリスクファクターとなります。卵巣がんで遺伝的関与があるのは約10%で、遺伝性乳癌卵巣癌症候群(Hereditary Breast and Ovarian Cancer Syndrome、HBOC)と呼ばれるものです。
近親者に卵巣がんになった人がいる場合は、いない人に比べて卵巣癌発症の確率が高いと言われています。
BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の変異が発症リスクを上げることが知られています。この遺伝子は、常染色体優性遺伝の形式をとります。BRCA1変異のある方が生涯で卵巣がんを発症するリスクは36〜63%、BRCA2変異のある方では10〜27%と報告されています5) 。
排卵は卵巣癌のリスクファクターに?
排卵も卵巣癌のリスクファクターとなります。前述したように、卵巣癌の原因は不明ですが、排卵時に卵巣が傷つき、その傷から癌化すると考えられています。
妊娠中は排卵は起きないので、晩婚化や少子化で排卵回数が増えると、卵巣癌のリスクも上がることになります。
卵巣癌のリスクを下げる因子
リスクファクターとは反対に、卵巣癌に罹るリスクを下げる因子としては、①低用量ピル、②経産婦、があります。以下で詳しく説明していきます。
①低用量ピル
2008年に、低用量ピルを内服している場合、卵巣癌になるリスクが下がるというデータが発表されました。
低用量ピルによる卵巣癌の発症抑制効果は、長期間継続するほど効果があり、5年継続することで約3割、10年継続で約4割、15年継続では約5割、卵巣癌になる可能性を抑える効果があることが示されています6) 。
②経産婦
経産婦(出産経験がある方)の場合にも、卵巣癌のリスクは下がります。妊娠中は排卵が抑制されているので、経産婦は未産婦に比べて卵巣癌のリスクが低下します4) 。
排卵が卵巣癌のリスクファクターなので、多産婦や閉経などで排卵回数が少なくなると、卵巣癌に罹患するリスクは低下します。
現代女性のライフスタイルと卵巣癌
現代女性のライフスタイルには、教育期間の延長、就業率の上昇、晩婚化、少産といった傾向があり、排卵のある期間が長くなるため、卵巣癌の発生頻度は益々高くなると予想されます。
リスクとなりうる因子を理解し、健康的な生活を心がけましょう。
まとめ
いかがでしたか。今回は、卵巣癌のリスクファクターについて解説しました。
予防に勝る治療はないので、1年毎の子宮癌検診の時に、必ず内診と超音波検診を受けて卵巣の状態をチェックしてもらってください。
検診で問題が無い場合でも、「骨盤痛、腹部膨満感、頻尿」などの症状があり、それが続く場合は、かかりつけの婦人科医に相談されることをおすすめします。
参考文献
- がん情報サービス がん種別統計情報 卵巣. https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/cancer/19_ovary.html#anchor1.
- Snowdon DA, et al. Diet and ovarian cancer. JAMA 254(3):356-357, 1985. doi: 10.1001/jama.1985.03360030046006.
- Manami Inoue, et al. Diabetes mellitus and the risk of cancer: results from a large-scale population-based cohort study in Japan. Arch Intern Med 166(17):1871-7. 2006 Sep 25. doi: 10.1001/archinte.166.17.1871.
- L Titus-Ernstoff, et al. Menstrual and reproductive factors in relation to ovarian cancer risk. Br J Cancer 2001 Mar 2;84(5):714-721. doi: 10.1054/bjoc.2000.1596.
- Michael S. Simon, et al. Hereditary breast and ovarian cancer syndrome : the impact of race on uptake of genetic counseling and testing. Method Mol Biol 2009;471:487-500. doi: 10.1007/978-1-59745-416-2_25.
- Eduardo L Franco, et al. Ovarian cancer and oral contraceptives. Lancet 2008 Jan 26;371(9609):277-278. doi: 10.1016/S0140-6736(08)60142-7.