2020年初めから猛威を振るっている新型コロナ感染症。感染拡大の大きな波が何回かに渡って広がっており、2021年7月現在、いまだにその脅威におびやかされています。
感染症対策として、新型コロナワクチンに期待が高まっており、徐々に国民の多くに接種が進められているところです。
低用量ピルを服用中の方が気になることは、そのピルを服用し続けて良いかどうか、あるいは、低用量ピルを服用していることでのコロナウイルス感染症に対して影響があるかどうか、であると思います。
これらの疑問を少しでも解消してもらいたいと考え、本記事を作成しましたので、お読みください。
この記事の執筆者
石川 聡司 日本産科婦人科学会認定 産婦人科専門医
(新さっぽろウィメンズ ヘルス&ビューティークリニック 院長)
北海道大学医学部卒業後、北海道大学病院、帯広厚生病院など地域の中核病院に勤務。2021年に婦人科・美容外科を併設した当院を開業。
- 資格:日本産科婦人科学会認定 産婦人科専門医
- 所属:日本美容外科学会JSAS、日本女性医学学会、日本産婦人科学会、日本周産期新生児学会
新型コロナワクチンの安全性と副反応
2021年7月現在、本邦では、ファイザー社と武田/モデルナ社のワクチンが接種可能です。
どちらも、新型コロナウイルスを構成するタンパク質の設計図となるmRNA(メッセンジャーRNA)が盛り込まれたmRNAワクチンです1, 2, 3) 。
このワクチンを接種することでmRNAがヒトの細胞内に取り込まれると、このmRNAをもとに、細胞内でスパイクタンパク質(ウイルスがヒトの細胞へ侵入するために必要なタンパク質)が作られます。スパイクタンパク質に対する中和抗体産生や細胞性免疫応答が誘導されることで、新型コロナウイルス感染症を予防することができると考えられています1, 2, 3) 。
なお、mRNAワクチンは、これまでの生ワクチンなどと異なるため、ワクチン接種によって新型コロナ感染症を発症することはありません1, 2, 3) 。
ワクチンの1 回接種により新型コロナウイルスへの感染を 80%、2 回接種により 95%予防する効果が認められています。1 回目も 2 回目もワクチン接種後に効果が出るまで2 週間程度を要します1, 2, 3) 。
副反応としては、以下のような症状がみられます。
- 注射した部分の痛み
- 疲労
- 頭痛
- 筋肉や関節の痛み
- 悪寒
- 発熱
- 発赤・紅斑
また、頻度は低いですが、アナフィラキシー(急性のアレルギー反応)が発生することもあります4) 。
現在接種可能なワクチンは全て、海外の臨床試験において十分に有効性と安全性が認められていますが、日本国内においても検証を行いつつ、多くの国民にワクチン摂取を進めているところです。
産婦人科にかかる患者さんたちが最も気にされていることですが、妊娠中、授乳中、妊娠を計画中の方も、新型コロナワクチンを接種することができます。これまでmRNAワクチンが妊娠、胎児、母乳、生殖器に悪影響を及ぼすという報告はありません5) 。
妊娠を計画中の場合は、接種後の長期避妊は必要ありませんが、可能ならば妊娠前に接種を受けるようにしてください5) 。
妊娠中の場合であっても一般の人と副反応は変わりありません。デメリットよりもメリットが上回ると考えられています6) 。
妊婦検診先の医師に接種の相談をして、許可をもらったことを接種会場の医師に伝えて接種を受けてください6) 。
ただし、器官形成期(胎児の臓器が作られる時期)である妊娠12週までは、もし異常があった場合、偶発的な胎児異常の発生であるのか、新型コロナワクチン摂取による影響であるのか判断に困るため、接種を避けていただくことにしています5) 。
授乳中の女性については、現時点で問題点は認められていません5) 。mRNAワクチンを受けた方の母乳中に新型コロナウイルスに対する抗体が確認されています。こうした抗体が、授乳中の赤ちゃんを感染から守る効果があることが期待されています5) 。
・妊娠中、授乳中、妊娠を計画中、いずれも基本的には新型コロナワクチン接種はOK。
・妊娠を計画中のかたは可能ならば妊娠前に摂取し、妊娠初期のかたは妊娠12週までは避ける。
・授乳中の摂取で赤ちゃんも新型コロナウイルスから守ることができる。
なお、重症化リスクの可能性がある肥満や糖尿病など基礎疾患を合併している方は、接種を早めに行った方が良いといわれています。しかし、持病が悪化して落ち着いていない場合にはワクチン接種を避けた方が良いともいわれています。
ワクチンを接種するかお悩みの方は、主治医にご相談ください。
ピル服用中にワクチン接種で考えられるリスク
低用量ピルを服用している方が、新型コロナワクチンを接種する上で最も心配に感じていることは、血栓症を発症するリスクについてではないかと思います。
ただ、結論としては、その血栓症の発症リスクにだけとらわれずに、新型コロナウイルスに感染しないようにするメリットを受けるため、新型コロナワクチンを接種することをオススメしたいと考えています。
血栓症を心配に感じているのだろうと予測する理由としては、以下が挙げられます。
- 新型コロナウイルス感染症の症状の一つに、血栓症があること。
- 低用量ピルの副作用の一つに血栓症があること。
- 新型コロナワクチンの副作用の一つに、血栓症が挙げられていること。
これらの情報がそろえば、血栓症について不安に感じるのも無理はないだろうと思います。
新型コロナウイルス感染症については、いまだ解明されていないことがあるため、全て断言できるわけではありませんが、現時点でわかっている範囲内で説明していきたいと思います。
新型コロナウイルス感染症では、全身性の炎症によって血液が固まりやすくなることで、血栓症を発症しやすくなることがわかってきました。
血栓症とは、血管の内で血が固まってしまい、血が流れにくくなる病態です。
心臓や脳、肺の血管で血栓症が起こると、心筋梗塞や脳梗塞、肺塞栓症を発症する可能性があり、これは命に関わる病気です。
血栓症を発症する原因としては、以下のように多くの要素が考えられます7) 。
- 高血圧や脂質異常症、糖尿病、肥満、喫煙などの生活習慣や生活習慣病を有している。
- 家族に血栓症になった人がいる、もしくは、本人が過去に血栓症になったことがある。
- 長時間同じような体勢で過ごす(椅子に座り続ける、長距離移動で動かない、など)。
低用量ピル内服中も血栓症のリスクは上がります。
静脈血栓症の発症リスクは、低用量ピルを服用していない人が1万人あたり1-5人であるのに対して、低用量ピル服用者は1万人あたり3-9人と言われています8) 。
しかしながら、妊娠中や出産後の発症頻度はそれ以上に高いと言われているのです。
妊娠中では、1万人あたり5-20人、出産後では、1万人あたり40-65人という発症頻度になります8) 。
低用量ピルによる血栓症が注目されがちではありますが、実は、周産期(妊娠から産後の期間)の血栓症発症のリスクの方が明らかに高い、という事実があります。
また、現在、本邦で承認されて使用されているのは、ファイザー社製、武田/モデルナ社製のワクチンですが、今後使用される可能性があるのはアストラゼネカ社製のワクチンです。いずれのワクチンにおいても血栓症の報告はあるようです。
これまでのところ、低用量ピル服用患者において、新型コロナワクチン接種による血栓症発症のリスク上昇の報告はありません。
低用量ピルを服用中であることと、新型コロナウイルス感染や新型コロナワクチン接種とが相まって、血栓症のリスクが上がるかどうかについては、未だ明らかになっていないため、なんとも言えないのが現状です。
低用量ピルは、服用していない人に比べて服用している人の方が、血栓症のリスクが高くなることは確かです。しかし、血栓症を発症しやすい原因があるということと、低用量ピルのみが血栓症を発症しやすくする要因ではないということが、お分かりいただけるでしょうか。
新型コロナワクチンを接種することは、低い頻度である血栓症発症を含めた副作用などのデメリットがありますが、それよりもメリットがはるかに大きいと考えられます。そのため、日本産科婦人科学会や厚生労働省としては、新型コロナワクチンの接種をオススメしているのだと考えられます。
コロナワクチン接種する場合はピルを中止すべき?
結論からいいますと、ワクチン接種のために、低用量ピルの服用を中止する必要はないと考えています。
仮に、コロナワクチン接種を行うために、低用量ピルを中止したときどんなことが考えられるか想定してみましょう。
低用量ピルによる副作用としての血栓症は極めて確率が低いものの、服用を開始して4ヶ月以内に発症する確率が高く、服用を継続している間に徐々に確率が下がっていきます8) 。
もし、服用を中止してまた服用を再開する場合には、服用開始初期の発症率に戻ってしまうため、血栓症の発症リスクという観点で考えると、一時的な服用中止および再開という方法はリスクを高めることになります。
また、低用量ピル内服による血栓症リスクと比較して、妊娠に伴う血栓症リスクの方が非常に高い、というデータも覚えておいていただきたいと思います。前項でもお示ししたように、静脈血栓塞栓症の発症頻度は、妊婦は1万人あたり5-20人であるのに対して、低用量ピル使用者の静脈血栓塞栓症の発症頻度は1万人あたり3-9人です8) 。
つまり、ワクチン接種のために低用量ピルを中止して妊娠してしまうと、血栓症のリスクを逆に高めることにもなります。
なお、OC・LEPガイドライン2020年度版では、新型コロナのワクチン接種のために、低用量ピル内服を中止するような推奨や指針は出ていません。
これらの理由から、新型コロナワクチン接種のために低用量ピルを中止する必要はないのではないかと考えます。
ピル服用中にコロナ感染で考えられるリスク
新型コロナウイルスは、老若男女、誰しもが感染する可能性がありますので、注意が必要です。
PCR検査陽性となっても、無症状の方から、重症ですぐにでも入院しなければいけない方まで、病状はさまざまです。
後遺症の問題もいわれていますが、どの程度の症状があるのかによって、治療経過は異なるところでしょう。
もちろん、低用量ピルを服用中の方が、運悪く、新型コロナウイルスに感染してしまうこともあります。
その低用量ピルを服用し続けて良いかどうか、あるいは、低用量ピルを服用していることでのコロナウイルス感染症に対してどんな影響があるのか、ということが最も気になりますよね。
OC・LEPガイドライン2020年度版では、新型コロナウイルス感染症を発症した時の対策が盛り込まれています。
具体的には、以下のように示されています9, 10) 。
- 軽症あるいは無症状である場合
-
OC・LEP(低用量ピル)使用者では、エストロゲン製剤以外の方法についても検討すること。
(低用量ピル以外の避妊方法(=コンドームや子宮内避妊具など)を検討すること)
HRT(ホルモン補充療法)使用者では、エストロゲン製剤を中止するか、または経皮製剤を用いること。 - 軽症でも呼吸症状がある場合、または、重症である場合
-
OC・LEP(低用量ピル)やHRT(ホルモン補充療法)を中止し、低分子ヘパリンを投与する(抗凝固療法を行う)こと。
つまり、新型コロナウイルスに感染した場合には、低用量ピルの服用をいったん中止しましょう、ということです。
前述のように、新型コロナウイルス感染症は、全身性の炎症によって凝固能(血液が固まろうとする力)が亢進して、血栓症を生じることが知られています。低用量ピルを含むエストロゲン製剤を服用していると、血栓症の発症リスクがわずかに上昇します9, 10) 。
そのため、新型コロナウイルスの感染によって、この血栓症の発症リスクが上がるかもしれない、と警戒して大事をとって治療しましょう、という趣旨であると考えられます。
実際のところ、低用量ピルを服用することによって、新型コロナウイルス感染症に伴う血栓症発症のリスクをどの程度上昇させるかについては、明らかになってはいません。新型コロナウイルス感染症から回復した際には、再度かかりつけ医と相談の上、低用量ピルを再開することになると思います。
まとめ
新型コロナ感染症に対して、新型コロナワクチンの接種はとても有効な対抗策です。
低用量ピルの服用中であっても、新型コロナワクチンを接種することについては、否定する根拠はないと考えています。
新型コロナウイルス感染症については、まだまだわかっていないところがありますが、現時点での学会や厚生労働省などの見解をもとに説明いたしました。
不安に思うことや疑問がある場合には、かかりつけ医にご相談ください。
参考文献
- 首相官邸. 新型コロナワクチンについて. https://www.kantei.go.jp/jp/headline/kansensho/vaccine.html
- 厚生労働省. 新型コロナワクチンQ&A. 日本で接種が進められている新型コロナワクチンにはどのような効果(発症予防、持続期間)がありますか。 https://www.cov19-vaccine.mhlw.go.jp/qa/0011.html
- 日本薬剤師会. 薬剤師から一般の方々に向けた新型コロナウイルスワクチンに関するFAQ. https://www.nichiyaku.or.jp/assets/uploads/activities/faq0621.pdf
- 厚生労働省. 新型コロナワクチンQ&A. これまでに認められている副反応にはどのようなものがありますか。 https://www.cov19-vaccine.mhlw.go.jp/qa/0002.html
- 厚生労働省. 新型コロナワクチンQ&A. 私は妊娠中・授乳中・妊娠を計画中ですが、ワクチンを接種することができますか。 https://www.cov19-vaccine.mhlw.go.jp/qa/0027.html
- 新型コロナウイルス(メッセンジャーRNA)ワクチンについて. http://jsidog.kenkyuukai.jp/images/sys/information/20210618085642-AA2AB263D1579515C925BB40A60A311585CF581972A6A250A9791298AF8EF189.pdf
- 肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断、治療、予防に関するガイドライン(2017年改訂版). https://j-circ.or.jp/old/guideline/pdf/JCS2017_ito_h.pdf
- 産婦人科診療ガイドライン 婦人科編 2020. http://www.jsog.or.jp/activity/pdf/gl_fujinka_2020.pdf
- OC・LEPガイドライン 2020年度版.
- OC・LEPやHRTなどのエストロゲン製剤使用に関する注意. http://www.jsog.or.jp/modules/committee/index.php?content_id=147