院長の石川(産婦人科専門医)です。
低用量ピルは、避妊や月経困難症・子宮内膜症の治療の目的以外にもさまざまな効果があり、女性にとって生活の質(QOL)を維持する薬として注目されています。服用にあたっては、女性ホルモン製剤であることから、ホルモンの効果が悪性腫瘍(がん)に対して、どのように影響するのか知っておくことはとても重要です。
今回は、低用量ピルと発がんリスクとの関係について解説していきます。
この記事の執筆者
石川 聡司 日本産科婦人科学会認定 産婦人科専門医
(新さっぽろウィメンズ ヘルス&ビューティークリニック 院長)
北海道大学医学部卒業後、北海道大学病院、帯広厚生病院など地域の中核病院に勤務。2021年に婦人科・美容外科を併設した当院を開業。
- 資格:日本産科婦人科学会認定 産婦人科専門医
- 所属:日本美容外科学会JSAS、日本女性医学学会、日本産婦人科学会、日本周産期新生児学会
女性のかかりやすいがんとは
日本人が一生のうちに、がんと診断される確率は2人に1人であるといわれています1) 。
女性がかかりやすいがんは、乳がん、大腸がん、肺がん、胃がん、子宮がんの順に多いといわれています。20歳代から50歳代前半までは、男性に比べて女性のがん発症率が高いといわれており、特に30-40歳代での乳がんや子宮がんの罹患率が高いことが知られています1) 。
これをふまえて、低用量ピルを服用するとがん発症率にどのような影響があるか、について次項から説明していきますね。
ピルの服用による発がんリスクへの影響
低用量ピルの服用と発がんリスクについては、これまで多くの研究がなされています。
「低用量ピルを含むホルモン治療は、発がんリスクを上げるのではないか」というイメージをなんとなく持っている方も、少なくないのではないでしょうか。
実は、むしろ逆であり、全ての種類のがんの発生とピル服用との関係を調べたところ、全体で見ると約 10%のがん罹患率の低下があるという結果が報告されています2) 。
最新の診療ガイドラインである、産婦人科診療ガイドライン婦人科編2020によれば、
- 卵巣がん、子宮体がん、大腸がんの場合、発症リスクは減少する(グレードB)
- 子宮頸がん、乳がんの場合、発症リスクはわずかに増加する可能性がある(グレードC)
と記載されています3) 。
なお、グレードはさまざまな臨床的有用性や臨床試験などの結果などから、推奨レベルを表しています。治療の実施などを強くすすめる(グレードA)、すすめられる(グレードB)、考慮される(グレードC)という具合です。
具体的な数字をまとめると、下記のような表になります4, 5) 。
がんの種類 | オッズ比(95%信頼区間) | ピルによる発症リスク |
---|---|---|
卵巣がん | 0.73 (0.66-0.81) | 減少 |
子宮体がん | 0.574 (0.430-0.765) | 減少 |
大腸がん | 0.862 (0.787-0.945) | 減少 |
乳がん | 1.081 (1.003-1.165) | わずかに増加 |
子宮頸がん | 1.07 (1.05-1.08) | わずかに増加 |
この表に示したオッズ比とは、ある集団においてがんが発症した場合、がんを発症した要因(低用量ピル)との関係の強さを示す指標です。1より小さい場合は、低用量ピルにより発がんリスクが減少する、1より大きい場合は、発がんリスクが増加する、という意味です。
ここからは、それぞれのがん腫別に見ていきます。
ピルの服用と卵巣がんの発症リスクの関係
卵巣がんが発症する原因の一つとして、排卵回数の多さとの関係がいわれています。
低用量ピルには、ゴナドトロピン(性腺刺激ホルモン)濃度の低下により排卵を抑える効果があります。この効果によって排卵にともなう卵巣上皮のダメージを避けることや、ゴナドトロピン濃度が低く保たれることなどから、卵巣がんの発生リスクが低くなると考えられています6) 。
健常の女性では、低用量ピルを使用することで卵巣がんの発生リスクを40-50%程度低くする、ともいわれています7) 。また、OC(経口避妊薬;低用量ピル) 中止後も発がんリスクの低下効果が続いていることも報告されています8) 。
卵巣がんに対する予防ワクチンなどは存在しませんので、低用量ピルの服用によって卵巣がんの発症リスクを低下することができるということは、ぜひ知ってもらいたいことです。
ピルの服用と子宮体がんの発症リスクの関係
子宮体がんは、子宮内膜から発生することから子宮内膜がんとも呼ばれる悪性腫瘍です。
低用量ピルは、エストロゲンとプロゲスチンの合剤のホルモン製剤です。このうち、プロゲスチンは、子宮内膜が厚くならないように作用し、子宮内膜が薄い状態になる効果があります。このため、子宮体がんを予防する効果が得られるといわれています9, 10) 。
また、低用量ピルの服用期間が長くなるほど、がん発生リスクが低下することも知られています11) 。OCを止めた後もリスク低下が継続し、中止後 20 年を超えてもなお有意なリスク低下が認められています12) 。
卵巣がんと同様に、子宮体がんに対する予防ワクチンなどは存在しません。低用量ピルの服用によって子宮体がんの発症リスクを低下することができるということも、ぜひ知ってもらいたいことです。
ピルの服用と大腸がんの発症リスクの関係
低用量ピルを服用することによって、エストロゲンの濃度が上がり、大腸癌の発症リスクを低下させる可能性が考えられています10) 。しかし、使用期間が長ければ服用中の発症リスクがさらに低下するという傾向は報告されていません。
臨床研究の結果から、大腸がんの発症リスクは低下することが知られていますが、低用量ピルが大腸がんの発生にどう関わるかという詳しい機序については、まだ解明されていません。
ピルの服用と乳がんの発症リスクの関係
乳がんの原因は未だ解明されていませんが、乳がんの発生や増殖にはエストロゲンが重要な働きを持っているといわれています。
多くの臨床研究を網羅的に解析した研究では、低用量ピルの服用によって乳がんの発症リスクが、わずかではあるものの、上昇したという報告があります10) 。
一方で、発がんリスクを上昇させるという研究報告も、上昇させないという研究報告もあり、議論があるところです4) 。なお、乳がんに罹っている女性に対する低用量ピルの服用は禁忌となっています13) 。
また、乳がんの既往があり、最近 5 年間に再発所見のない女性に対する低用量ピルの服用は、他に適切な方法がない場合以外には通常すすめられません。発症後 5 年以上再発がない乳がんの場合は慎重に判断することが推奨されています13) 。
また、乳がんの家族歴がある場合には慎重投与となります。乳がんの家族歴がある女性は、家族歴がない女性に比べて乳がんの発症リスクが高いです。しかし、低用量ピルの服用による乳がんの発症リスクへの影響はないことが報告されています14) 。
欧米からの報告だけではなく、日本人で行われた臨床研究でも、低用量ピルによる乳がん発症リスクの増加は認められなかったという報告もあります15) 。
乳がんに罹っていない場合には、注意しながら低用量ピルを服用することは可能ですが、定期的に乳がん検診を受けることは大事だと思います。
ピルの服用と子宮頸がんの発症リスクの関係
子宮頸がんの発症には、ヒトパピローマウイルス(HPV)感染の関与が知られています。HPVは、性交渉の経験のある女性であれば、半数以上が生涯で一度は感染するといわれている一般的なウイルスです16) 。
ピル服用と子宮頸がん発症リスクに関する24の疫学調査のメタ解析では、5年間以上のピル服用によって子宮頸がんの発症リスクが上昇しました17) 。ピルの服用期間が長いと子宮頸がんリスクはやや高くなることも知られています17) 。
これらの臨床研究の解析から、低用量ピルの服用によって子宮頸がんの発症リスクは増加すると考えられています。一方で、低用量ピルの服用中止後には発症リスクは低下し、10年以上で非服用者と同じレベルに戻るともいわれています17) 。
HPVの持続感染を認める女性では、低用量ピルの使用により子宮頸癌リスクが増加していたという報告があることから10) 、HPVに感染している場合には注意が必要です。
HPV感染予防には、性交渉時のコンドーム着用が推奨されます。また、HPVワクチン接種によってHPV感染のリスクを減少できることなどが知られています。定期的な子宮頸癌検診によって、早期発見を行い、進行癌のほとんどを防ぐことができます。これらは、低用量ピル服用の有無に関わらず、若年の女性においては、ぜひ実施していただきたい感染予防策です。
HPV感染している場合には、注意しながら低用量ピルを服用することは可能ですが、定期的な子宮頸がん検診を受けることが、大事だと思います。
まとめ
低用量ピルといろいろながんの発症リスクとの関係について解説しました。
現時点では、乳がんや子宮頸がんでは、発症リスクはわずかに増加する可能性があるといわれています。ただし、低用量ピルの服用による発がんリスクについては、多くの臨床研究があり、未だ結論が出ていない部分もあります。
そのため、低用量ピルを服用する際には定期的ながん検診を受けることが望ましいと考えています。
なお、日本の乳がん検診、子宮頸がん検診の受診率は近年増加傾向ですが、2019年のデータではそれぞれ47.4%、43.7%とまだまだ低い状態です18) 。
産婦人科医の立場としては、低用量ピルを服用していない女性の場合も、定期的ながん検診を受けて健康維持に努められるように呼びかけていければと思っています。
何かご不明点などありましたら、お気軽に質問してくださいね。
参考文献
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- 産婦人科診療ガイドライン-婦人科外来編2020. 日本産婦人科学会. 日本産婦人科医会. http://www.jsog.or.jp/activity/pdf/gl_fujinka_2020.pdf
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